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日焼け止めの「ノンケミカル」は言葉として罪が重い

日焼け止めの「ノンケミカル」は言葉として罪が重い

日焼け止めのランキングなどを見ておりますと、「人気の日焼け止め」「おすすめの日焼け止め」として、「ノンケミカルの日焼け止め」が紹介されているのをよく眼にします。

敏感肌の人におすすめの日焼け止めランキング、肌荒れしない日焼け止めランキング、低刺激な日焼け止めのランキング、安全な日焼け止めランキング、赤ちゃんや子供におすすめの日焼け止めランキング、海水浴やプールで使えるウォータープルーフの日焼け止めランキングなどなど、列挙していくとキリがありませんが、およそ「日焼け止めにまつわるランキング」のなかで、この「ノンケミカルの日焼け止め」が紹介されない、ということはまずありません。

ほぼ確実に「ノンケミカル」の日焼け止めが紹介されるだけでなく、しかも、「ノンケミカルの日焼け止め」は、ランキングにおいては「上位」のものとして、「おすすめの日焼け止め」として紹介される傾向が強く見受けられます。

安全性を根拠にしたノンケミカルのオススメはまともに受け取らなくていい

ノンケミカルの日焼け止めがおすすめされる場合、そのおすすめの論拠は、「ノンケミカルの日焼け止めは、ケミカルの日焼け止めに比べて安全である」というものに集約されると思われます。

「ノンケミカルの日焼け止め」について様々な数値などが出されて説明されている場合、その説明は「ノンケミカルの日焼け止めは本当に安全なのか」と疑っている人のために「だから、ノンケミカルは安全なのである」というダメ押しをするために書かれていると考えてよいでしょう。

それが「ノンケミカル」という言葉である以上、それらの数値によって証明されているように装われている「安全」などという基準をまともに受け取る必要はありません。

「ノンケミカル」の日焼け止めは、そもそも、「ノンケミカル」と名乗っていること自体が卑劣であり、「言葉として危険」なのですから、「言葉として危険」「ノンケミカル」の日焼け止めの安全性についての説明ははじめから矛盾を抱えており、さらにいうと破綻しているということになるでしょう。

ノンケミカルはその言葉自体が罪深いものである

しかも、その矛盾や破綻は意図的なものであり、堂々と矛盾して破綻した状態を保っているにも関わらず、それでいて、まるで矛盾も破綻もないのだというすまし顔で人を騙しながらうまく流通していこうというような、狡猾で強引、そして、邪悪な意志があります。

五戒における不妄語戒(嘘をついてはいけない)の見地から見ると、日焼け止めに対して使われる「ノンケミカル」という言葉の「妄語としての罪」は最大限に重いものである、というのが私の考えです。

「相手を騙す気持ち」があり「事実と反対のことを表現」「誰かがそれによって騙される」という「妄語」の条件について考えていきますと、日焼け止めに対して用いられる「ノンケミカル」という卑劣な言葉はその条件をまさに完全に満たしており、弁解の余地、言い逃れのための逃げ場は一切ないように思われます。

この記事は「ノンケミカルという言葉がいかに事実とは異なった反対の言葉であるか」から考えはじめ、「ノンケミカルという言葉に騙される層」に対して「どのような騙す意志」が働いているのかを見ていくことを目的としています。

ノンケミカルという言葉の表面から漂う意味

まずは、さっそく「ノンケミカルという言葉がいかに事実とは異なった反対の言葉であるか」です。そもそも日焼け止めにおける「ノンケミカル」とはどのような日焼け止めを指す言葉なのでしょうか。

しかし、ここで「ノンケミカル」の真実を明るみに出す前に、少しばかり迂回して、「ノンケミカル」という言葉を初めて見る人が、「ノンケミカル」という言葉の表面から、どのような意味を導き出すことになるか、ということを考えてみましょう。

「ノンケミカル」という言葉から真っ先に読み取られることになるのは、あたりまえに聞こえるかもしれませんが(そして、それゆえに『あやうい』のですが)、「それはケミカルではない」という意味でしょう。

この真っ先に読み取られることになる「それはケミカルではない」という意味は、「きっと身体に害を与えるであろう化学成分などが一切含まれていないのだろう」という印象へと繋がっており、また、「身体によさそう、安全、肌に優しい」というようなイメージを喚起させることになるでしょう。

「ノンケミカル」という言葉の表面から導き出されるものは、おおよそこのようなものであると考えてよいのではないかと思います。そこを踏まえた上で、「ノンケミカル」という言葉の本当の意味、その定義をしっかりと見ていくことにしましょう。

ノンケミカルという言葉の実態と危うさ

日焼け止めにおける「ノンケミカル」という言葉は、「紫外線吸収剤不使用の、紫外線散乱剤を使用した日焼け止めである」という定義のみを持っています。

この「紫外線吸収剤不使用」「紫外線散乱剤使用」という二つの条件を満たしてさえいれば、その日焼け止めは「ノンケミカル」と呼ばれることになります。「ノンケミカル」という言葉をそのような特徴を持っています。

「それはケミカルではない」という表面から読み取れる意味もあながち間違いではありません。日焼け止めにおいては「ケミカル」「紫外線吸収剤を使用している日焼け止め」と定義される以上、「紫外線吸収剤を使用していない日焼け止め」「ケミカルではない」ことは確かであるからです。

しかし、この「ケミカルではない」は、「紫外線吸収剤を使用していない」というだけであって、「身体に害を与えるであろう化学成分などが一切含まれていない」ということではありません。

となると、「身体に害を与えるであろう化学成分などが一切含まれていない」からおのずと喚起されてしまうであろう様々な「身体に良さそう、安全、肌に優しい」というようなイメージは、一度引っ込めなければならないでしょう(とはいえ、それらのイメージは、一度引っ込められたが最後、二度と出てくることもないのですが)。

ノンケミカルの日焼け止めの危険な抜け道

ノンケミカルの日焼け止めの危険な抜け道

「紫外線吸収剤が不使用で、紫外線散乱剤を使用している日焼け止めがノンケミカル」であるという定義によって、「ノンケミカル」の日焼け止めは「紫外線吸収剤以外のものは何を入れても問題がない、何を入れても『ノンケミカル』として成立する」という危険な抜け道を見出します。

ケミカル、ノンケミカル関係なく、「日焼け止め」と呼ばれる化粧品には、防腐剤、香料、添加物、界面活性剤、シリコンなどの化学物質がつきものです。日焼け止めは根本的にはケミカルなものなのです。

こと日焼け止めに関しては「身体に害を与えるであろう化学成分などが一切含まれていない日焼け止め」などは存在しません。「ノンケミカル」の日焼け止めが、例外的にケミカルな物質から逃れているということはまずありえません。「紫外線吸収剤」という、括弧でくくられた「ケミカル」から逃れているだけです。

ケミカルな、あまりにケミカルなノンケミカル

そもそも「ノンケミカル」の日焼け止めに使用されている「紫外線散乱剤」にしてからがまた大変に問題の代物であると言わなければなりません。「紫外線散乱剤」は、酸化チタン、酸化亜鉛という成分を含んでいます。それらは日焼け止めの塗り心地をよくする場合はナノ粒子化されることにもなります。

紫外線散乱剤を構成する酸化チタン、酸化亜鉛、ナノ粒子などは、それぞれが、発ガンのリスク、環境ホルモンによる人体への影響などが懸念される「人体にとっては歓迎できない成分」です。

「ノンケミカル」の日焼け止めに含まれるこれらの成分、これらの言葉が放つ圧倒的なケミカル臭といったらありません。これほどのふんぷんたるケミカル臭を漂わせながら、それでいて「ノンケミカル」だなどと声高に名乗ることができてしまうのですから、まったく「ノンケミカル」の日焼け止めには呆れてしまうばかりです。

平然とした顔で嘘をつくノンケミカルの日焼け止め

「ノンケミカル」「紫外線吸収剤不使用の、紫外線散乱剤を使用した日焼け止め」でしかないのに、その「ノンケミカル」という言葉の表面的な印象においては、すまし顔で「身体に害を与えるであろう化学成分などが一切含まれていない日焼け止め」として振る舞おうとします。そして、そのような厚顔と振る舞いを携えながら「安全性」を求めるユーザーの前に平然と現れます。

「ノンケミカル」という言葉に騙される層は、言葉の表面から読み取れる意味であるところの「それはケミカルではない」を出発点にする「身体に良さそうな安全なイメージ」の喚起に疑いを挟まず、「ノンケミカル」という言葉を素直に受け入れていきます。

騙す側は、そこを狙い撃ちするようにして、「ノンケミカル」という言葉を放つだけでは飽き足らず、補足として「ノンケミカルは、肌にいいのです」だとか「ケミカルの日焼け止めに比べてノンケミカルの日焼け止めはおすすめなのです」などといって、イメージの補強に躍起になります。

ノンケミカルという言葉は人を騙し弱みにつけこむために開発された

日焼け止めランキングで「ノンケミカル」「身体に優しい」というような文脈で紹介されているのを見ると、詐欺師に扮したノンケミカルの日焼け止めの「私はきわめて安全ですよ、ほら、紫外線吸収剤を使っているケミカルなあいつの凶悪な顔を見てください、あの顔ににじみでた危険性といったら、まったく恐ろしい限りですよ。それに比べて、どうです?このノンケミカルの私は……」という声が聞こえてくるような思いにとらわれます。

「ノンケミカル」の日焼け止めをランキングのなかでおすすめする人間のほとんどは、「ノンケミカル」という言葉が「紫外線吸収剤不使用の日焼け止め」を指すことを知っています。

それを知りながら、「身体に害を与えるであろう化学成分などが一切含まれていない」という意味を読み取らせるミスリードを巧妙にしかけながら「ノンケミカル」という言葉を使い、「ノンケミカル」の日焼け止めをおすすめしているのです。

「ノンケミカル」の日焼け止めを「安全である」という理由でランキングの上位にあげるとき、それは「安全性を求めている」という消費者の「弱み」につけこんで甘言を囁いているのだと判断したほうがよいでしょう。

妄語という観点においてノンケミカルはケミカルよりも罪深い

百歩譲って「そうと知らずについている嘘」であるならば、まだ救いようがあります。ですが、「明らかに相手を騙す意志があってつく嘘」という邪悪さを擁護することはできません。しかもそれが「弱みに付け込んだ嘘」であるならば、情状酌量の余地はまったくなくなるといっていいでしょう。

《日焼け止めに対して使われる「ノンケミカル」という言葉の「妄語としての罪」は最大限に重いものである》というの私の考えは、以上のような考察のもとに導かれたものです。

これは、「ノンケミカル」「言葉」としてまったくの「嘘」であり、事実と反していながら、その「嘘」が平然とまかりとおっているということを明るみにするために書かれたテキストであって、「だからケミカルの日焼け止めのほうがよいのだ、実は安全なのだ」などという主張をするために書かれたのではありません。

むしろ、「紫外線吸収剤やその他の化学物質」がふんだんに使われている「ケミカルの日焼け止め」は、「紫外線散乱剤や、紫外線吸収剤以外のその他の化学物質」がふんだんに使われている「ノンケミカルの日焼け止め」と同程度かそれ以上に、人体にとっては安全とはいえない日焼け止めである、ということはしっかりと明言しておく必要があるでしょう。